地震活動期に入った地震大国日本では震度7相当が数えきれないほど、いたる場所で起きている。
先日は北海道胆振地震の被害に遭われた方々。心よりお見舞い申し上げます。
田崎も実は東日本大震災を経験しました。当時は高校生で実家は津波で2メートルの高さまで浸水しました。当然しばらくは住む事が出来ず、体育館で1ヶ月以上暮らしました。
体育館生活では菓子パンしか食べられない生活が続き久しぶりのコメに感動したり、親戚の家では過呼吸の発作が起きたり、大変な思いをしましたが、この事は別な場所で詳細をいつか綴りたいなと思います。
この記事は、そんな恐ろしい震災がどれだけの頻度で起こっているのか、増えているのか、そしてどこで起こりそうなのかを歴史的な視点からお伝えしていきたいと思います。
地震の活動期とは
そもそもなぜ今危ないかと言うと、地震の活動期に入った可能性があります。上の表をみてください。活動期と静穏期の巨大地震の発生状況のグラフですが、米地質調査所(USGS)のチャック・バフェ博士はM8.5以上の大地震は「1950〜65年」と「2004年以降」に集中している言います。
米カリフォルニア大デイビス校の地震学者ジョン・ランドル教授も同調しており
「確かに、いま世界は巨大地震活動期に入っていると思う。・・・・・大地震がある時期に群れをなして起こる証拠と言える。これは偶然ではない。」と言う。
日本でも震度7が過去6回ありますが、その内の5回が2004年の新潟地震以降に起きています。
過去の震度7以上の大地震一覧(6回)
震度7とは
そもそも「震度7」という指標は1949年の1月の「気象庁震度階」改訂により新たに設けられた階級であるため、それ以前の大地震については測ることができません。これまでに6回計測されています。
1995年:兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)
日時:平成7年1月17日5時46分
震源地:淡路島北部(北緯34度36分、東経135度02分)
震源深さ:16km
規模:マグニチュード7.3
震度7の地域:神戸市須磨区鷹取、長田区大橋、兵庫区大開、中央区三宮、灘区六甲道、東灘区住吉、芦屋市芦屋駅付近、西宮市夙川付近等のほぼ帯状の地域や、宝塚市の一部及び淡路島の東北部の北淡町、一宮町、津名町の一部の地域
(地震発生直後に行った気象庁地震機動観測班による現地被害状況調査の結果判明。
死者:6,434名
住宅全壊:104,906棟
2004年:新潟県中越地震
日時:平成16年10月23日 17時56分
震源地:新潟県 中越地方北緯37度17分30秒東経138度52分0秒
震源深さ:13km
規模:マグニチュード6.8
震度7の地域:川口町(現長岡市)
死者:68名
住宅全壊:4,172棟
2011年3月11日:東日本大震災
日時:2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒
震源地:宮城県牡鹿半島の東南東沖130km
震源深さ:24km
規模:マグニチュード9.0
震度7の地域:栗原市
死者:15,895名
全壊:121,776戸
2016年4月14日/16日:熊本地震(震度7が2回)
日時:2016年(平成28年)4月14日21時26分
震源地:北緯32度45.2分東経130度45.7分
震源深さ:12km
規模:マグニチュード7.3
震度7の地域:益城町、西原村
死者:267名
全壊:8,369棟
2018年9月6日:北海道胆振東部地震
日時:2018年(平成30年)9月6日3時7分59.3秒
震源地:北海道胆振地方中東部
震源深さ:37km
規模:マグニチュード6.7
震度7の地域:厚真町
死者:41名(9/10時点)
全壊:82棟
こうしてみると、どれも大災害であることには変わりはないけど、阪神淡路大震災、東日本大震災は圧倒的に規模が違うことが分かります。
そして、地震活動期の今、どこで地震が日本で起こるのでしょうか?
南海トラフは最大でM9クラスが70%、三陸沖北部から房総沖の海溝よりにかけては最大でM9が30%。それより規模は小さくなるが、茨城県沖では最大でM7.2が90%、相模トラフ沿いでは最大M7.3が70%あります(地震調査研究推進本部)。
この情報によると。南海トラフは絶対起こりそうなレベルです。
南海トラフ地震の範囲の広さ、被害の大きさの予測がめちゃくちゃです。東日本大震災を超えるレベルの地震が起きても不思議ではありません。
震度7適用以前の歴史大地震
1923年:関東地震
大地震と言われて歴史の教科書にも載っているのが関東大震災です。それを引き起こしたのが関東地震です。
日時:1923年(大正12年)9月1日11時58分頃
マグニチュード:7.9-8.1
震源: 山梨県東部、または神奈川県西部、または相模湾
死者・行方不明者105,385人
震度7:(小田原)
その他の<<震度7相当>>の地震
また、観測史以前や、震度7の定義ができる前にも、震度7相当の地震は至る場所で起こっています。
それを図式化したのが以下の地図です。
- 明応地震(1498年9月20日)- 浅羽低地(東海道沖)付近
- 天正地震(1586年1月18日)- 大垣(岐阜)長島(三重)付近
- 慶長伏見地震(1596年9月5日)- 京都付近
- 寛永小田原地震(1633年3月1日)- 神奈川県西部
- 寛文近江・若狭地震(1662年6月16日)- 琵琶湖西岸各地、朽木(滋賀)
- 元禄地震(1703年12月31日) – 小田原、館山(神奈川、千葉)
- 能代地震(1704年5月27日) – 能代(秋田)
- 宝永地震(1707年10月28日) – 袋井(静岡)、布施(大阪)
- 宝永富士宮地震(1707年10月29日) – 富士宮付近
- 信濃小谷地震(1714年4月28日) – 小谷村千国坪ノ沢(長野)
- 津軽地震(1766年3月8日) – 油川(青森)
- 象潟地震(1804年7月10日) – 象潟(秋田)
- 羽後の地震(1810年9月25日) – 脇本(秋田)
- 三条地震(1828年12月18日)- 三条(新潟)
- 善光寺地震(1847年5月8日) – 善光寺、稲荷山(長野)
- 伊賀上野地震(1854年7月9日) – 木津、上野盆地の北端、四日市の南方、古市(三重)
- 安政東海地震(1854年12月23日)- (南海トラフ沿い東側半分の東海道沖)
- 安政南海地震(1854年12月24日) – 上記の安政東海地震との連動型地震.
- 遠江の地震(1855年11月7日) – 袋井(静岡)
- 安政江戸地震(1855年11月11日
- 飛越地震(1858年4月9日)富山岐阜
- 浜田地震(1872年3月14日) – 島根
- 震度7導入前・震度階級導入後
- 濃尾地震(1891年10月28日) – 愛知
- 庄内地震(1894年10月22日) – 山形
- 陸羽地震(1896年8月31日) – 一秋田岩手
- 秋田仙北地震(1914年3月15日) – 秋田
- 関東地震(1923年9月1日) – 神奈川県や千葉県房総半島南部の沖積低地を中心に震度7相当と推定[85]、神奈川県西部、及び房総半島南部の一部には全壊率70%を超える領域もある。
- 北丹後地震(1927年3月7日) – 峰山町京都
- 北伊豆地震(1930年11月26日) – 全壊率30%以上の地域は震源断層を挟む10km以内に分布し、韮山方面に広がっている
- 男鹿地震(1939年5月1日) – 男鹿半島中央部に震度7と推定される激震地域がある。
- 鳥取地震(1943年9月10日) – 全壊率30%以上の地域は鳥取平野を中心として広がっている。
- 昭和東南海地震(1944年12月7日) – 福地村、袋井町などで震度7相当と推定。
- 三河地震(1945年1月13日) – 幡豆郡の町村(現西尾市)などで震度7相当と推定。
- 福井地震(1948年6月28日) – 福井の震害が著しく、この地震による被害状況は震度7が導入される契機となった。全壊率30%以上の地域は福井平野のほぼ全域に広がり、80%以上の地域は震源断層付近に分布している。福井平野北部の町村では多くの地区で倒壊率が98-100%に達した。
その他、1925年北但馬地震、1941年長野地震にも家屋全壊率30%以上となる震度7の等震度線で囲まれる領域がある。
- 震度7(激震)導入後
- 十勝沖地震(1952年3月4日) – 中央気象台の『地震調査』の原簿によれば、委託観測所である大津では「家屋の倒れるもの多し」と、震度7(VII)が報告され、幸震村はVIIからVに訂正されている。
その他、1949年今市地震、1968年えびの地震、1975年大分県中部地震にも家屋全壊率30%以上となる震度7の等震度線で囲まれる領域がある。
- 計測震度7導入後
- 鳥取県西部地震(2000年10月6日) – 防災科学技術研究所のKiK-netで、日野において震度7相当の計測震度6.6を観測。
- 福岡県西方沖地震(2005年3月20日) – 東京大学地震研究所の三宅弘恵らの研究チームは余震の観測記録を基に本震の地震動をシミュレーションし、推定で震度7(計測震度6.5)に達した可能性があるという試算結果を発表。筑波大学の境有紀の話によれば住宅被害の多くが地盤崩壊や崖崩れを伴い建物自体が地震動で大きく破壊されたとは考えづらいものの、屋根瓦の被害率が高い状況などから震度6強相当ではないかと自身のホームページ上で発表している。気象庁は玄界島の被害程度の調査を行っており、山本雅博地震津波監視課長(当時)は記者会見で「調査結果を総合的に見ると震度6弱程度ではないか」とコメントしている。
- 能登半島地震(2007年3月25日) – 家屋全壊が多かった輪島市門前町の黒島地区、道下地区、走出地区の一部に震度7相当の地震動が推定される。
- 新潟県中越沖地震(2007年7月16日) – 柏崎刈羽原子力発電所敷地内にある地震計1基における観測データから、震度7相当(計測震度6.5)を算出。
- 岩手・宮城内陸地震(2008年6月14日) – 奥州市胆沢区の石淵ダムで震度7相当の揺れがあったと見られている。
- 長野県北部地震(2011年3月12日) – 気象庁の推計震度分布によると、長野・新潟県境付近に位置する栄村・津南町・十日町市で震度7相当の揺れがあったとみられている[101]。なお、この地震は東北地方太平洋沖地震の誘発地震とされる。
- 福島県浜通り地震(2011年4月11日) – 気象庁の推計震度分布によると、福島県いわき市の一部で震度7相当の揺れがあったとみられている。なお、この地震は東北地方太平洋沖地震の余震の一つである。
- 長野県神城断層地震(2014年11月22日) – 長野県白馬村の神城・堀之内地区で震度7相当の揺れがあったと推定されている。
まとめ
作成しながら、震度7は歴史上7回しか起こっていないんかと最初は思いましたが、それは観測の定義がなされてからのことで、この500年だけでもこんなに起きていました。さらに最近は震度7クラスが起こるペースが速くなっている気もします。
東日本大震災の真っ只中にいた僕にとって、それは当然ダントツで大きな地震だったけど他の地方の人にとってはどうなんだろう。
でも正直僕は今回、北海道胆振地震が起きて、東日本大震災で被害にあった経験があるにも関わらず、どこか遠い場所での出来事のように感じてしまった。しかし、
「どこでも起きうるんだ!!」
ということは、心の底から思ったというか感じとった。
北海道を見て「可哀想」とか「大変そう」と思うよりも、「次はここに来るかもしれない」という焦りというか、「悟り」というか。。。そんな思いの方が強かった。
いざという時の準備
こんなことを書きながら準備していなかったら説得力がないので色々調べました。とりあえずベストセラー商品を見ておけば間違いないだろう。。。
定番のカンパン
不足しがちな野菜
お米(アルファ米)
ちょっと高いけど、震災の時はガチで米不足で、コンビニの余った菓子パンしか食べれない生活を1週間くらいしていました。「惣菜パン」ではなく「菓子パン」です。ウインナーパンとかコロッケパンなんてありません。チョコとかお菓子系のパンだけでした。
だからこそ米を久しぶりに食べた時は本当に美味しかったなあ。
トイレ
避難所はめちゃくちゃ不衛生です。仕方ないんだけどね。だって、色んな人が全部狭いところに詰め込まれるんだよ。
防災セット
1万円とか2万円とかするセット多いけどこれで十分でしょ。
<参考記事>