白洲次郎のプリンシプルを大事にする生き方

人物


白洲次郎は日本のオピニオンリーダーとして連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍し、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)と堂々と渡り合い「従順ならざる唯一の日本人」などの評価を得た。

(っていうかダンディイケメン、、、!)

白洲次郎の生き方は、まさに人生の経営判断の素晴らしさに満ち溢れている。

日本が戦争に負けることを見越した上で1940年頃に古い農家を購入し、そこが武蔵国と相模国にまたがる場所にあったことから「武相荘(ぶあいそう)」と名付けて疎開し、農業に励む日々を送ったのです。

1945年には東久邇宮内閣の外務大臣に就任した吉田茂の懇請で、終戦連絡中央事 (終連)の参与に就任すると、白洲次郎はイギリス仕込みの英語で主張すべきところは頑強に、マッカーサーに対しても主張した。

戦後の外交は吉田茂と白洲次郎の二人が支えたと言っても過言ではない。

白洲次郎の名言集

白洲次郎さんの言葉からは、時代を超えてハッとさせられる印象を感じます。

マッカーサーに説教をする

有名なエピソードとしては、昭和天皇のクリスマスプレゼントがマッカーサーに届いたときに

「その辺にでも置いてくれ」

といって雑に扱ったマッカーサーに激怒し、

「仮にも天皇下からの贈り物をその辺に置けとは何事か!」

と怒鳴りつけ、そのプレゼントを持ちろうとしてマッカーサーを慌てさせたというものがあります。

その他の名言

「他力本願の乞食根性を捨てよ」

「イエスマンを反省せよ」

「八方美人が多すぎる」

など、 日本人の本質をズバリと突き、日本人としてのプリンシプル(原則)が大事であると説いた。その一本の太い筋の通った性格に正義や信念を感じます。

白洲次郎のような信念を持て

戦時中、軍国主義だった日本において、戦後は手のひらを返したように、マスコミ、大学教授、政治家は平和主義になりました。

そんな風潮の中、白洲次郎ただ一人、日本は何も悪くなかったと堂々と主張していました。

白洲次郎のような考え方やな信念は、現代人にも重要な考えになってくると思います。

迎合、ごますり、媚び売り、、、社会の中ではこんな事ザラです。

正しさよりも、上司にいい顔されるかどうかばかり気にする人たち。

むしろそんな人が日本の会社では本当に多い。

しかし人に好かれる事よりも半数以上に嫌われるくらいじゃないと仕事なんてできないと彼は説いた。

彼は己のプリンシプルを貫き続けていた。

白洲次郎のような気持ちの良い生き方ができれば。それは人生の経営判断、身の振り方、出処進退、すべてにおいてです。サラリーマン、フリーターなどは関係ないと思います。

彼のようなプリンシプルのある生き方をしたいですね。

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