日々の人間関係にも役立つ、日本の道徳を作った武士道

書評

武士道から「美しい生き方」を学ぶ

僕がこんなまとめ記事を書いてみようと思った理由は、

歴史小説を読んでいき中で、武士道の「美しい生き方に魅せられた」からです。

特に影響を受けたのは、幕末の志士たちに関する話で、多くの幕末ファンの方もいると思います。僕もその一人です。

例えば坂本龍馬、吉田松陰、高杉晋作、あげればキリがありませんが、日本の歴史を動かした幕末の志士たちはほぼ20〜30代の若者たちで、国のために命がけで活動しました。今の日本人に彼らのような気概や、筋の通った生き方をする執念があるでしょうか。

まさに武士道精神には、日本人の強さ、海外に誇れる精神があると、私は考えています。

武士道は無宗教の日本の道徳を作っている

海外から日本を見たときに奇妙に写る一つの事は、宗教教育がない事が挙げられるようです。

現代の多くの日本人は、無宗教でありながらも、仏教の教えも神道の教えも文化としては受け継いでいます。しかしキリスト教であるクリスマスを祝ったりと、多宗教でもあるとも言われます。

宗教教育がないのにどうやって子供たちに道徳を教えるのか?

海外の人が聞くとこのような疑問が生まれるようです。

しかし、日本人として共通の「道徳心」は誰もが持っているはずです。

その道徳は、武士道から来ていると考えられます。

子供たちは、礼儀を教わったり、義理に背いた事はしないようにするのを、当たり前に教わります。

それらはまさしく武士道の生き方に繋がるのです。

悩みの解決のヒントが隠れている

考え方や思想の指針を示す武士道は、日々の生活の悩みを解決するヒントにもなります。幕末の志士たちが、現代の日本人の悩みを聞いたらどう感じるのでしょうか。きっと多くの悩みを吹き飛ばしてくれる精神、考え方を持っているはずです。

長年受け継がれて来た考え方には、時代にとらわれない真実があります。いつの時代も人間の悩みの根源は変わりません。長い時代の中で洗練されて完成された考え方には、現代の悩みも解決する力があるでしょう。

セオドア・ルーズベルト大統領も賞賛

米国第 26 代大統領のセオドア・ルーズベルトは、新渡戸稲造氏の著書「武士道」を読み武士道の研究にのめり込んだと言います。その精神を理解するために柔術に励んだほどです。日本文化の理解の助けにもなりノーベル平和賞受賞の役に立ったと言います。

エジソンの愛読書だった

世界の偉大な発明家の一人であるトーマス・エジソンも、武士道を愛読書としました。「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」という言葉が有名ですが、「私は武士道の精神を発明に当てはめた」とも言っていたそうです。武士道精神に深い影響を受け、著者の新渡戸稲造にも会っていたそうです。

武士道の教え

武士道の最高の教えです。武士にとって不正な行いは最も忌まわしいものです。

真木和泉守は「人は才能ありても学問ありても、節義なければ世に立つことを得ず」と言いました。

「正義の義理」こそ、無条件に従うべき絶対の条件であるべきです。正義の義理は怠惰を防ぐために私たちの心に乗り込んで来ます。義理は、なすべきことを遂行させることにもなります。

義理は人間が作り上げた社会の一つの産物と言われます。

勇気は、義によって行われるのでなければ、徳行の中に数えられる価値はないとされました。

勇気とは、正しいことをすることー。

あらゆる危険を冒し、生命を賭けて死地に臨むこと。

しかし、死に値しないことのために死ぬことは、「犬死に」とされました。

つまり本当の勇は「之を死すべき時に死し、生くべき時に生くこといふなり」と水戸義公は述べました。

これは「人が恐れるべきことと、恐れるべき出ないことの区別」こそ勇気であると説いたプラトンの言葉とリンクします。

孔子や孟子は人の上に立つ者の絶対条件が仁とされていました。

愛、寛容、道場、憐れみの情は、人間の魂が持つあらゆる性質の中でも最高のものと認められていました。

厳格な義を男性的であるとすれば、仁は、優しく、母のような徳です。

伊達政宗は、「義に過ぐれば固くなる。仁に過ぐれば弱くなる」と、そのバランスの重要性を説いています。

礼とは、他人に対する思いやりを表現することです。日本人の礼儀正しさは世界一と行っても過言ではありません。現代の道徳教育でも中心的な教の一つだと思います。

礼儀作法にも、食事の作法から訪問、茶道、挨拶などあげればきりがないが、時にはばかばかしく思えることも、特に若い人には思われることもあるでしょう。

オススメの一冊

また少し違った一面から「礼」について解説した一冊がこちら。「ハーバードの人生が変わる東洋哲学ー悩めるエリートを熱狂させた超人気講義」です。

 

個人的にはかなり、この本の「礼」の解説が心に響きました。この本では礼について「かのように」振る舞うことの大切さを説いています。

要約すると、「礼」とは「かのように」振る舞うこと。上司に対して、部下に対して、恋人や家族、友人に対して、人間関係で悩むことって誰しもありませんか?

感情的になってしまうところを少し待って、良い上司や部下「かのような」振る舞いが、人間関係の潤滑油になります。それが「礼」、礼儀です。

そして、「本当の自分」なんて探さなくて良いのです。今のあなたが、あなたなのです。それが本当の自分でいいのだと思いました。他者に対する感情の修練をし、「かのように」の振る舞いが最もいい結果を生み出します。

自分自身、上司との関係に悩んでいた時に読んだので、特に響きました。オススメの一冊です。

伊達政宗は、「度を超えた礼は、もはやまやかしである」と言いました。

孔子は『中庸』の中で誠を崇め、「誠なる者は物の終始なり。誠ならざれば物なし」と言いました。

嘘をつくことやごまかしは、臆病と見なされました。武士たちは、農民や商人よりも高い身分であったため、より高い水準の「誠」を求められると考えていました。

武士に二言なしという言葉は、誠から生まれた言葉です。

名誉

名誉はこの世で最高の善とされ、若者が最も追求すべき事は、富や知識でもなく、名誉であるとされていました。

「錦を飾る」とは

若者たちは家の敷居をまたぐ際、世に出て名誉を残すまでは、二度とまたがないと誓ったようです。そして母親たちも、我が息子に望みを託し、「錦を飾る」という言葉通り、故郷に帰るまでは、息子と再開する事を拒みました。

この時代は、名誉や名声が得られるのならば、命は安い物だと思われていました。

命よりも大事である根拠がそこにあれば、いつでも静かにその場で命さえも棄てられたのです。

忠義

どんな命の犠牲を払っても高価に過ぎると思われたのが、忠義です。

忠義は、封建社会の主君に対する臣従の礼と忠誠の義務を特色づけています。

日本では、個人よりも国への忠誠が重んじられました。

誰よりも我が子を愛する母親たちですら、我が子には、主君のために全てを捧げるように奨励しました。武士の妻たちは、忠義のために、我が子を諦める心の準備ができていたのです。

武士たちの生き方

損得勘定では動かない

武士道は損得勘定をとりません。武士の徳とされる功名心は汚れをまとった利益よりも、むしろ損失を選び、足らざる事を誇りとします。

武士の子弟は経済の事は教えられず、むしろ経済の事を口にするのははしたない事とされました。最も厳格で質素な生活が武士階級には求められ、各藩では倹約令が実行されていました。

教育の目的は品性を高める事

当時の頭脳の訓練は、文学の解釈によって議論をかわす事でした。武士道では判断と実務のための能力を高める事を目的とされました。

孔子は「学んで思わざればすなわち則ち罔(くら)し 思うて学ばざれば則ち殆し」と説きました。

教師は知性ではなく品性を、頭脳ではなく心性を働きかける素材として用いる時、その職務は聖職的なものとなります。

教師が受けた尊敬あ極めて高く、必ず優れた人格を持ち、学識に恵まれていなければならなかった。

人に勝ち、己に克つ

不平不満を並べない不屈の精神、礼の教訓がありました。それは、自己の悲しみ、苦しみを外面に現して他人の愉快や平穏をかき乱す事がないように求められていたからだ。

日本人は世界のどんな民族にも負けない優しさを持っていて物事の感じやすい気質を持っていた。自然に湧き起こる感情を抑える事自体、苦しみを伴うことだからである。

そして克己の理想とは、心の安らかさを保つ事と言われています。

切腹という儀式典礼

大志を抱く侍にとって畳の上で死ぬことは不甲斐ない死であり、望むべき死ではありませんでした。

武士道において名誉の問題と共にある死は、複雑な問題解決の鍵として受け入れられました。

しかし、あまり正当とは言えない犯罪に対しても少なからず拡大して濫用されました。

勇 の項目にもあるように、時には死ぬ勇気と、生きる勇気が必要です。

 

女性は家庭的であれ、女傑でもあれ

武士道が説く女性の理想像は著しく家庭的でした。

同じく、自己自身の持つ女性的な弱さから解き放ち、強く勇敢な男性的な武勇を示した女性も讃えられました。したがって若い女性たちは、感情を抑制し、神経を鍛え、薙刀(なぎなた)を操り不慮の争いに対して自己を守る術を学びました。(個人的にこんな強い女性がいたら素敵だと思っています。笑)

妻女としての女性は、男達の「主君に対する忠義」と同様に、女が家を治める事の基調でした。女性が男性の奴隷ではない事は、男性達が封建君主の奴隷ではなかった事と同じです。その役割は「内助の功」として認められていました。

彼女達は夫のために自己を犠牲にし、夫は主君のために自己を棄て、主君は天に従う事ができました。これは、武士道は自己を犠牲にしてでも自己自身をより高次の目的に役立たせる事としたためです。

武士道の教え全体が徹底した自己犠牲の精神に染め上げれており、その精神は女性にも男性にも要求されていました。

まとめ

武士道の精神、文化は、日本人の誇りです。日本人であれば、納得できる部分も多かったのではないでしょうか?

ネットによって開けて広がったグローバル化の中でも、古き良き日本の良さを一つの個性として残していくべきと思いませんか。ルーズベルトやエジソンの例のように、海外からもきっと評価される部分はあります。

桜の花

桜の花には気品があり優雅である事が、日本人の心美的感覚に訴えていると言います。

「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」

この短詩は、林芙美子の短詩で、この頃の「花」は、桜のことを言いました。恋愛や人生を例えた詩と言われています。桜は、長い冬を耐え忍んだ後に、春に花を咲かせます。しかし桜前線はあっという間に過ぎ去り、また、長い冬へと向かっていくのです。

それでも1年に一回の花見では、多くの人々の心を癒し、日本人にとって不思議な魅力を持ちます。

人生も、そんな繰り返しで、目の前の失敗や苦しみに、苛まれず、耐え忍ぶこと、努力を続けること。私の好きな詩の一つです。こちらの記事で

林芙美子の壮絶な人生とは
林芙美子の壮絶な人生林芙美子(はやしふみこ)は、恵まれない幼少時代を過ごした後、高校卒業後、様々な職を転々とします。愛情に飢えて育った環境からか、様々な男と同棲を繰り返しました。tazaki・・・重そう。。。独特の感性が才能を発揮し、書きた

より詳しい事も書いているのでぜひ読んでみてください。

最後に

武士道や桜の花、日本人の心の底に無意識にある美意識や道徳心に、今一度目を向けて見れば、「美しい生き方」という物に少しでも近づけるのではないかと思い、こんな記事を書いてみました。最後まで読んでいただき有難うございました!

最後に、この記事で参考にした本を紹介します。さらに詳しいので、興味が湧いた方はぜひ読んでみてください!

 

 

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