秀吉の黄金の茶室は権力誇示のため作られた?

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秀吉の黄金の茶室が作られた理由は

成り上がりの秀吉が、

派手なものや黄金が好きだったことは有名な話です。

黄金の茶室もその一つですが、ただの趣味だけでなく、

権力の誇示のために有効に使われたのではないかと言われています。

黄金の茶室とは

黄金の茶室は容易に運搬可能な組み立て式の茶室であった。秀吉が関白に就任した翌年の天正14年(1586年)1月、年頭の参内で御所に運び込まれ、正親町天皇に披露された。(wikipedia)

秀吉は3畳ほどの黄金の組み立て式の茶室をもっていました。

千利休のわび・さびの精神とは全く異質な、

「茶室」×「黄金」という組み合わせは、

秀吉の悪趣味だと言われてきました。

権利の誇示で屈服させるため?

ただの趣味のためだけに作ったというよりは、

権力の誇示のために使われていた点もあると言われています。

相手にこれだけの財力があるのだと見せつけることで、

それだけで屈服させようとしたのではないでしょうか。

たった一代で下級身分から関白にまで

上り詰めた戦略家らしい考え方です。

利休の切腹

その後、千利休は秀吉から切腹を命じられています。

秀吉も信長も、茶を好んでいましたが、

元々下級身分からの成り上がりである秀吉にとっては、

ただ悠長に嗜むよりも、どう有効に使うかを考えていたことなど、

茶に対する価値観の違いが

利休との間にあったのではないでしょうか。

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