大久保利通の言葉から見る性格とは

人物

大久保利通の性格が分かるストーリーに現代人も学ぶべき。

大久保利通のイメージといえば、維新の三傑の一人である優秀な人間で、冷徹さもあるようなイメージが世間一般的かもしれません。そんな彼の人間的なエピソードや、実務能力が高いと言われていた彼の考え方が分かる言葉を紹介します。

大久保利通という男

薩摩藩の大久保利通と言えば、西郷隆盛とともに倒幕運動に邁進し、薩長同盟を実現した人物。さらに、岩倉具視と王政復古を画策し、徳川家を排除することに成功し、戊辰戦争後、天皇政府を樹立。

木戸孝允、西郷隆盛とともに幕末に活躍した「維新の三傑」と呼ばれた内の1人です。西郷隆盛とは、征韓論を機に袂を分かったと言われています。しかし実務能力が非常に高い人物でした。その彼の名言を取り上げてみましょう

大久保の言葉

「過ぎたるは及ばざるに如かず」

その彼の言葉。

孔子は過ぎたるはなお及ばざるが如し、と言われたが、私は、過ぎたるは及ばざるにしかずと言いたい。

大久保が言うには、聖人の言葉といえども、時勢によっては全てを応用することができない。

時勢に応じて活用しなければならない。と言うことで、孔子はやりすぎるのは、足りないのと同じようによくないと言っていたが、大久保はやりすぎるのは足りないよりももっと悪いと言っていたのです。

やりすぎるのは、足りないより悪いというのは、行ってしまった後はもう取り返しがつかないけれども、いまだ行わないうちは、熟慮してやるべき余裕があるから。

そして、「過ぎたるはなお及ばざるが如しではなくて、過ぎたるはなお及ばざるにしかずである」と、家康公がこの事を言ったとも言われています。それを大久保が引用したのでしょう。

「一利を興すは一害を除くに如かず」

続けて、元の耶律楚材(初期のモンゴル帝国に仕えた官僚)から

一利を興すは一害を除くにしかず。

という言葉も残しています。

これは、何かいいことを1つ始めるよりは、今ある悪いことを1つ除くほうがいいのだということです。確かに、世の中にはやって一度やってしまえば取り返しがつかないことが多くあります。そう言うことを「覆水盆に返らず」と言いますね。

だから、大事な選択は本当に慎重になるべきなんです。

逆に行う前であれば、後々、また新たな機会を得ることもあるかもしれません。常に余裕を持って行動ができるようにもなります。

この大久保利通の言葉、実務能力が高かったと言われる彼の慎重な言葉ではないでしょうか。彼自身は、西郷とともに活躍した人ではありますが、やはり西郷隆盛や板垣退助ら、征韓派と対立し、西郷らを失脚させたという流れがあるために、西郷ほど人気は高くありません。

かと言って、西郷と最終的に仲が悪くなってしまったとも思えないエピソードがあります。

大久保利通と西郷隆盛との関係性・友情

大久保利通、西郷隆盛の友情が感じられるような話もあります。

西郷が死亡した、という知らせを聞くと、大久保は号泣し、西南戦争終了後には

自分ほど西郷を知っているものはいない、西郷の心事は天下の人には分かるまい。分かるの俺だけだ。俺が西郷のことを今日に書き残しておかなければ、後世、西郷は誤りを伝えられるだろう。

と言って、西郷の伝記の執筆を執筆を重野安繹に頼んでいたりしていてました

征韓論では意見が食い違ったとは言え、幼なじみの西郷との友情がそのような行動を起こさせたのだと思います。

一般的なイメージでは、冷徹なイメージもある大久保利通ですが、実は人間味もある、仕事がめちゃくちゃできる人間だったのではないでしょうか。