仏教興隆と聖武天皇

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聖武天皇が大仏造立を決意したきっかけは?

飛鳥文化と白鳳文化の違いとは
日本が国になっていく時代に栄えた文化日本でも律令ができ、中国に習い、日本がどんどん国として出来上がっていく時代。文化の面でも、日本独自の文化を生み出していた。彩葉飛鳥時代まで来たわね。今日は文化の勉強だよ!tazaki飛鳥時代に...
前回の話では、飛鳥時代に聖徳太子の推進もあり仏教が盛んになりました。次の8世紀の大半の時代は、平城京を都とする奈良時代です。
彩葉
彩葉

その奈良時代を象徴する一大イベントが、東大寺の大仏造立です。

大仏造立

奈良時代を代表する天皇・聖武天皇は、仏教を篤く信仰していた。

仏教は、蘇我氏全盛の時代、すでに盛んになっていたが、奈良時代になると、国家宗教の色合いがより濃厚になった。

彩葉
彩葉

仏教を信仰すれば、国家が守られるという「鎮護国家思想」が国家運営の基礎におかれたからだね。

聖武天皇の仏教推進

鎮護国家思想の推進者である聖武天皇は、仏教を隆盛させることを最優先の国策とし、各地に国分寺や国分尼寺を建立した。

 

聖武天皇
聖武天皇

仏教がこの国を救うだろう。

そのためには国分寺・国分尼寺を。。。

tazaki
tazaki

それで、都の奈良には、東大寺と大仏が造立されたのか。

当時は、中央ユーラシアから北東ユーラシアにかけて、大仏造立がブームのようになっていた

聖武天皇はそのブームに乗って、唐の大仏に迫るサイズの大仏を目指したのだ。そして東大寺の大仏は、天平勝宝四(752)年に完成する。

大仏の開眼供養の儀式には、唐やインドから僧が来日し、国際色豊かな儀式が執り行われた。

仏教という世界宗教に裏打ちされた奈良時代が、国際色豊かな時代だったことは、東大寺正倉院の宝物からもわかる。

西アジアや南アジアの影響を受けた文物が、聖武天皇に献上され、いまも正倉院に収蔵されているからだ。

https://history-wisdom.net/manga/nara-war/
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