徳川将軍の食事!意外と地味だった『殿飯』とは?

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江戸時代の将軍はどんなものを食べていたのか

今日は江戸時代の徳川将軍の食事についての記事を書いていきたいと思います。いわゆる「殿飯」です。

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朝ご飯

将軍の朝ごはんには、朝から二の膳までつきます。まず一の膳には、ご飯、汁物、刺身と酢の物などの向こう付け、煮物がありました。

二の膳では、お吸い物と焼き物がつきました焼き物は、キスの塩焼きにつき駅の西と決まっていました

キス(鱚)は魚へんに喜ぶと書くので縁起の良い魚と言われていました。ただそれだけの理由で、ほぼ毎日キスを食べなければいけないというのもどうなんでしょうね(笑)

 

ただし、毎月1日、15日、28日には、キスの代わりに、タイやヒラメの尾頭付きなども出たようです。美味しそうです!

 

 

昼ご飯

 

昼ご飯も一の膳と二の膳がついています。魚はタイやヒラメ、カレイ、カツオなどがつきます。

他にも将軍がご所望する献立も出てきます。

 

夕食

夕食は一の膳だけですが、大きな膳を使い、品数がさらに多くなります。

雁や鶴、鴨などの鳥料理も出ることもあったし、お酒もつきました。

 

15代将軍・徳川慶喜の食事

なお、15代目将軍の徳川慶喜は、フランスと親交が深く、ポークピカタなどの豚料理を好みました。そのため彼が一橋家出身であることとかけて「豚一様」と江戸の町民からあだ名をつけられることとなりました。

ただし歴代将軍には変食家が多かったようです。アミの塩辛や生姜のもやしと言ったら、ちょっと首を傾けるようなものを好んで食べる将軍もいました。世間を知らないため、食わず嫌いの側面もあったようです。

各国の大名からの献上品が前に上がることもあって、九州の八代みかんや尾張の鮨などを好む将軍もいました。ただし、鮨といっても現代のものとは違っていてあゆの麹つけのようなものです。

 

こうして見てみると将軍の食事といっても意外と地味な感じですが、当時の最高級の素材が用意されていたこと間違いありません。そういう意味では贅沢だったと言えますね。

でも、現在の食事の方が全然贅沢だと思います。

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