兵糧攻めの時、攻撃側は歌い踊って士気を保った!

日本史

兵糧攻めの時に攻撃側の士気の低下を防ぐために

戦国武将が城攻めをする時に用いた作戦の一つが、「兵糧攻め」です。

敵の城を包囲し、食料や武器の補給線を断ち、長期戦に持ち込む戦い方です。

兵糧攻めと言えば、相手の士気を低下させること

兵糧攻めをしている間、ただ待っているだけではひたすら長期戦になるだけです。

長期戦はお互いが疲弊してしまうため、相手にも味方にもデメリットでしかありません。

一般的に、城の食料などの備蓄は、半年ほどはあったと言われます。

忍者による寝返り工作

忍者(スパイ)を忍び込ませ、敵兵士の寝返り工作を行いました。

落城後の厚遇を約束し、買収しようとするのです。

また、籠城側に密使を送り込み、水面下で話し合いによる解決の提案も行われていました。

味方の士気の低下を防ぐために

兵糧攻めは、攻撃らしいことをしないので、味方の士気が低下してしまう。

しかし、油断はできません。背後からの攻撃の可能性、籠城側が隙を狙って攻撃しないとも限りません。

豊富秀吉は配下の部下たちを楽しませた

豊臣秀吉が、1590年に小田原城を攻めた時は、歌や踊りの会を開いたり、芸者を陣の中に入れて部下の大名達に楽しんでもらっていました。

さらには、大名達に妻を陣の中に入れることを許し、メリハリをつけることで士気を保ったと言われています。

秀吉はこのような方針で、3ヶ月後の落城まで部下の士気を保ちました。単純な労働ほどモチベーションアップの工夫が必要だということですね!

今の仕事でも、時には意欲回復のための息抜きやレクリエーションなどの必要性を物語っていると思います。

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