偉人か? 奇人か? 東洋のルソー・中江兆民

明治中期、自由民権運動の代表的思想家として活躍した中江兆民。

1847年生まれのフランスの思想家、ジャン=ジャック・ルソーを日本に紹介して、自由民権運動の理論的指導者となったことで知られている。

衆議院当選1回、第1回衆議院議員総選挙当選者のひとり。「東洋のルソー」として人々から賞賛を浴びたが、同時に奇妙な行動が絶えなかったことでも知られている。

酔っ払うことが平和主義?

平和主義を盾にした奇行の数々を紹介。

あるときは自由民権の集会に、印袢纏(しるしばんてん)に腹かけ、 股引き姿で現れ、人々を驚かせた。

またあるときは、 夏の暑さに耐えられず道ばたで水を浴びはじめたため、瞬く間に人だかりができ、危うく警官に逮捕されそうになったこともあった。

「汚い格好も平民主義を示すため」と言えば聞こえはいいが、性格的に変わったところがあったのも確かである。

辞職の理由がアル中

兆民の奇行で特に多かったのが、酒にまつわるもの。

長酒を好んだといわれる彼は、酒の席で芸者たちにちょっかいを出すこともしばしば。

あるとき芸者たちが火鉢を囲んで談笑をしていたところに背後から忍び寄り、火鉢に小便をかけて驚く芸者たちを見ておもしろがっていたこともあったという

そして極めつけは議員辞職を宣言したときのコメント。

「自分はアルコール中毒にかかり、歩くのも困難で採決の列に並ぶこともできず、よって辞職します」

というもの。

公の場でアルコール中毒という言葉が使われたのはこれが初めてで

兆民自身も自分が酒にやられていたことを認めている。いくつもの奇行も単に酔っぱらっていただけなのかもしれない。

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