院政の始まり

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天皇家が藤原氏から権力を奪還する時代

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藤原氏の外戚政策による栄華の時代を終わらせたのは、院政である。

それは、ふとした偶然から始まった。

院政のきっかけ

時の最高権力者・藤原頼通は、娘・寛子を後冷泉(ごれいぜい)天皇に入内(じゅだい)させていたが、二人の間には子ができなかった。

 

そのため、後冷泉天皇が崩御すると、藤原氏を外戚としない後三条天皇が治暦4年(1068)年に即位する。

天皇家はこのタイミングを逃さなかった。

後三条天皇は政治の実権を握り、延久4年(1072)年には実子の白河天皇に譲位する。

tazaki
tazaki

ついに藤原氏が権力を握れない状態になったんだね。

このとき、後三条天皇は院庁を設置、院政の構想を持っていたが、すぐに崩御。

後三条天皇自身は、院政の実行がかなわなかったが、その院政の構想は、白河天皇に受け継がれる

白河天皇は応徳3(1086)年に堀河天皇に位を譲り、自らは上皇となった。

tazaki
tazaki

藤原氏の外戚戦略はこれで終わっていくんだな。

 

天皇の座を退いた上皇や法皇が、

天皇を後見するという名目で政治の実権を握り続けるという院政の始まりである。

 

藤原氏貴族時代の終わりと、内乱の時代

院政によって、藤原氏は天皇家とのつながりが薄くなり、力を失っていく。

一方、天皇家は、天皇時代はあまり力を持たないが、

次の天皇に譲位し、上皇となることで天皇家の長として大きな権力をふるった。

上皇が出家して法皇になり、法皇として統治することもあった。

tazaki
tazaki

いつまでも引退しないジジイどもが権力握るって感じか?-_-b

院政時代は、平清盛が台頭してくるまで、約一世紀の間つづくことになる。

院政の時代、都で力を大きく伸ばしたのは、武士である。

上皇は護衛として源氏、平氏の武士を登用また院の御所には北面の武士を置いた。

彩葉
彩葉

北面の武士は、白河法皇が設置したのよ!

院政は、藤原氏をはじめとする貴族の時代を終わらせるものだったが、天皇家内に波乱の種をまく原因にもなった。

 

やがて、天皇と上皇が対立する事態を招き、内乱を誘発することになる。

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