源義経の性格は意外と軟弱だった

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人物
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伝説のヒーロー・源義経はろくに弓も弾けない軟弱男?

勇猛果敢の武将として多くの語り継がれる源義経。

彼の活躍は平気物語に綴られていて、平家に勇敢に立ち向かっていた姿がうかがえます。

しかし実は勇猛なイメージを守るために必死で、非力なために小さい弓しか引けないことを隠していました。

その真相をご紹介します。

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屋島の戦いでの出来事

伝説の武将として伝えられる義経ですが、その事件が起こったのは、 1185 年の屋島の戦いです。

義経は平家の熊手にひっかけられて、自分の弓を海に落としてしまいます。

慌てた義経は夢中で弓を拾い上げようとするが、それは戦闘真っ只中の船の上だったので、

たかが弓一本のために必死になって危険を犯そうとする義経を見た武者たちは

「ああ、情けない」

と非難したそうです。

さらに、「そんなものは捨てておしまい」

と注意するものの、義経はなぜか頑なにその言葉に耳を傾けようとしなかった。

その後、やっとの思いで弓を拾い上げると、笑いながら陣の中に引き返してきたと言う。

非難を聞かずに弓拾いをした理由

家臣達からすれば、大将である義経が、たった一本の弓のために右往左往しているのが、あまりにもかっこ悪く見えたのかもしれません。

しかし、義経の本意は別にありました。

義経は彼らに向かって、

決して弓が惜しくて拾ったのではない。自分の弓が2人や3人がかりでやっと鍵をはれるような強い弓だったらわざと敵に拾わせてくれてもやったことだろう。だが、こんな弱い弓が敵に拾われて、

『これが義経の弓だ』と嘲笑されるのはごめんだ!

だから命を危険にさらしてでも拾ったのだ」と、言ったそうです。

義経が抱えていたコンプレックス

当時、戦術面では戦果をあげていたと言われる義経だったが、

実は色白で背の低い男で、本人も体力には自信がなかったと言う。

頭はキレるが非力な男だった

そのためそれほど強く弓を引くことができなかったのだ。

武力を図る手段の1つとして、どれだけ強い弓を引けるかが問われていた当時の時代。

彼の小さな体格(150センチほどしかなかったと言われる)では弱い弓しか聞くことができなかったため、

それを知られるのが嫌で、義経は必死に弓を拾ったのです。

命の危険を犯し、さらに部下に恥ずかしい姿をさらけ出してまで、敵のイメージの中にある「勇猛・義経像」を守り抜こうとしたのです。

名を重んじた、彼の武士としての性格がわかるエピソードです。

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