日本初の国際結婚のきっかけは高杉晋作だった

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高杉晋作から渡英権利を受けた理由と、国際結婚の理由とは

日本人初の国際結婚には、ある目的がありました。

そして、そのきっかけを作ったのは、あの高杉晋作だったのです。

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南貞助が留学した理由

今や国際結婚は身近なものとなったが、日本で初めて外国人と結婚した人物は幕末にいた。

その人の名は、南貞助。彼は留学先だったイギリス から妻として英国人女性を従え帰国した。

日本における国際結婚第1号の誕生である。その貞助のイギリスへ渡るきっかけを作ったのは、なんとあの高杉晋作である。

晋作は1865年、イギリスを視察したいと藩に申し出た。だが藩から旅費をもらい、密航の手配も終えていざ出発というときに、イギリス商人グラバーから

「今は藩を離れるべきでない」

ストップがかかってしまう。

晋作はしぶしぶ諦めるが、イギリスへ行ける権利を放棄するのももったいない。そこで、従弟の貞助に声をかけたのである。

国際結婚をした理由

貞助は渡英後、勉学に励んだ。だが次第に学費などが間に合わなくなり、彼は仕方なく帰国することとなる。

だが貞助は数年後、ふたたびイギリスへ。

彼はその頃、日本民族とヨーロッパ人の優秀な血を混ぜると いう「人種改良論」を唱えており、日英の混血児を得ようとしていたのだ。

tazaki
tazaki

混血の子づくりありきで、外人と結婚しようと考えたのか!!

なんか、実験的要素を感じられて、なんだかなあ。笑

そのときに出会い、妻としたのが英国人女性ライザ・ピットマンだったのである。

もし、晋作が渡英の権利を貞助に譲っていなかったら、この結婚はあり得なかったはずだ。

国際結婚カップルを生みだすきっかけを作ったのは、意外にも高杉晋作だったのである。

まとめ

高杉:イギリス視察を試みるも グラバーに苦反発を受け、 渡英を断念する。
南貞助:晋作から渡英権利を譲り受ける。2度目の渡英で英国人 女性と結婚。

 

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