戦国武将の跡取りは、相当な英才教育が必須だった!!

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生活文化
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強いだけではNG戦国武将の跡取りはかなりの教養を学んだ

戦国時代を生きていく上で、武将にとって跡取りを育てるというのは、大きな課題でした。

武将の跡取りには、強さだけではなく、様々な知識、能力が求められたからです。

戦いのイメージが先行しがちな戦国武将ですが、人の上に立つ者として、

そうとうな教養のある人間でないと務まらなかったということでしょう。

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寺院が利用された

有名な武将で言えば、上杉謙信は子供の頃に林泉寺の天室光育から、

武田信玄は長禅寺の岐秀元伯から学んでいます。

毛利家の重臣 玉木吉保の自伝『身自鏡』によると、

13歳から勝楽寺で修行を受け、「いろは」から、

『般若心境』や『観音経』の暗記、

武家の法である『御成敗式目』を学び、

手紙文の教科書の『庭訓往来』、

中国古典の『四書五経』まで学んだと言います。

その後ようやく兵書である『六韜』や『三略』

幅広い教養を身につけた

さらに、『古今和歌集』、『万葉集』、『源氏物語』も学びます。

楷書や、医学も学んだので、相当幅広い教養や知識を身につけたと考えられます。

戦国武将のような人の上にたつ人間として、軍事だけでなく、

教養を身につけることも望まれたのですね。

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