「有難い」の語源を知り幸せ体質になる

人としての考え方について

心にストレスなく、気持ちよく生きるにはどうしたら良いのだろうか。いくつか条件が決まっているとしたら、その中の1つに「感謝」と言う言葉は含まれていると思う。

有難きこと

「ありがとう」
最近、意識して言っていますか?
僕が最近嬉しかったのは、彼女がすごく良く「ありがとう」をちゃんと言ってくれるなあと気づいたことです。
身近な関係性でも、この言葉を怠ると、少しづつ少しづつストレスを溜められてしまいます。特に女性。あと、寂しがりとかかまってちゃんな男性(おっさん含む)。
逸れましたが、本来の語源は、漢字で書くと分かります。
有難いとは、そう有ることが難しいと書きます。つまり、滅多にないことだと言うことだから、それに感謝しようと言うこと何ですよね。
世の中をじっくり見てみると、それがさらに分かるかと思います。

消費と生産

世の中は与え、与えられる関係で成り立っている。それを数値化しているのがお金であって、それができる前は物々交換だった。

そう考えて生活を見渡していると、どれだけ沢山のものを受け取って生活をしているか。

食事

田んぼも畑もしないのに米や野菜を食い、家畜も育てないのに肉を食っている。これは農家の人が生産してくれているからだ。

移動

車の部品1つわからないのに車に乗っている。誰かが設計を考え発明し、工場の人間が一日中作業場に缶詰めにされながら作業してくれたからだ。

電車にもたった数百円という対価を払うだけで乗っている。これは、線路を張り、駅を作り、車両も作り、時刻表を作り、運転する人達がいるからだ。

生活

部屋ではテレビを見ながら夜更かしをしている。これは番組を面白く考え、

こうして沢山の人間が協力し合い、世の中を作っている。

このように生産と消費の中で行きている私たちは生産関係に生きている。マルクス経済学の基本概念の一つであり、

社会的生産力には生産物市場労働市場金融市場などといった諸関係が存在しており、これらの全ては根本的には人間相互の関係によって規定されていることから、生産関係の基本は生産手段に対する人間関係であり、生産手段の所有関係である。(wikipedia)

それを沢山消費しながら生きている。その中で僕が逆に生産しているのはなんだろうか。

何を与えられている?

もし物々交換の世界だとしたら、自分は世界に対して何を与えているだろうか。少しのインターネット上の情報と、少しの印刷物を、会社の中で作っているくらいだ。

そんなの誰が享受して喜んでいる?

ほとんど少しの上司が喜んでいるくらいだ。ウェブだって大した人数は見ていない。

それなのに、1ヶ月、難なく生活できるだけの金をもらっているとすると、良く俺は普通に食べていっているなと言うような気持ちになる。

この社会も良くできていると思う。この世界ありがとうって思う。大した世界だ。

過去の人たちの功績で成り立っている

今の平和な日本に生まれ、こんな便利な生活をしているのは、歴史上の多くの人たちの功績を僕は享受しているだけだ。ここでも受け取るだけだ。

今現在でも、受け取っていることの方が多いようだが、歴史的に縦軸でみると、さらにそれが際立つ。過去の多くの日本人が頑張ったから、綺麗な道路を通り、インフラが当たり前のように整った社会で、不自由なく暮らしている。
これまでの人間の功績に、感謝する気持ちを忘れずに。たまにはこうやって思い出して気づけるようになりたいと思う。

価値観
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